~脳科学者 茂木健一郎さんの同性愛に対する見識~

今回は脳科学者である茂木健一郎さんの同性愛に対する見識の伺える記事をご紹介します。

wikipedia:茂木健一郎さん

 

有名な方なのでご存知の方も多いと思いますが下の髪がふわふわな方が茂木健一郎さん


結果を出せる人になる!「すぐやる脳」のつくり方

 

茂木健一郎さんを知った1冊

 

私が高校生だったころ、
養老孟司さんの『バカの壁』が流行りました。
(懐かしくないですか?)

本屋にいっぱい積まれた『バカの壁』を見て、
私は『安楽死のできる国』という新書を買いました。が・・・

あのネーミングが頭に残っていて大学生になってやっと『バカの壁』と『超バカの壁』を読みました。
その繋がりで茂木健一郎さんの『脳の中の人生』にたどり着き、茂木健一郎さんの存在を知りました。


脳の中の人生 (中公新書ラクレ)

 

そして、下で引用させていただく茂木健一郎さんの記事を読み、ここ1年は以前より意識して茂木健一郎さんのyoutubeを見たり、ブログを読んだりしています。

 

茂木健一郎さんの記事を引用する前に・・・予備知識

 

20015年3月10日、渋谷区の同性パートナーシップ条例(渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例)に反対する緊急行動という名目で、LGBTに対するヘイトスピーチが渋谷区で行われました。「同性愛条例絶対反対」というプラカードを持ってる人たちや演説してる方々がニュースでも取り上げられました。

引用させていただく記事は2015年3月10,11日にツイッター・facebookにアップされたものです。

動画で雰囲気が分かるかな?

 

茂木健一郎さんの同性愛・同性婚に対する見識

 

ツイッターでもfacebookでも読むことできます。

個性は、大切にしよう
日本国憲法第24条には、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」とある。今となっては、この「両性」を、「男」ないしは「女」の任意の組み合わせと読むのが自然であろう。続く「夫婦」も、つまりは語用の問題であって、「夫」と「夫」、「妻」と「妻」の「夫婦」がいて全くかまわない。
渋谷区や世田谷区の、同性カップルを支援する条例案は大いに結構なことだと思う。ところで、一方、同性カップルのパートナーシップに関する条例に「反対する」デモもあったと言う。表現の自由で、何を主張してもよいけれども、なんだか、へんだなあと私は思った。
デモをされた方々が、異性婚こそを本来と考えている、というのは別にかまわない。婚姻自体を絶対視するかどうかは別として、異性カップルがよい、と考える人は社会の中で今でも多いだろう。問題は、他人がそれぞれの個性、ライフスタイルである人生を歩もうとしている時に、なぜ他人が口を出すのかだ。
早い話、異性愛が良い、と考えている人は、異性とお付き合いすればいいし、その時、なぜ社会のおとなりに同性愛アップルがいると、自分たちはそれに「反対」しなければならないとかんがえるのか。私にはそういう方々の気持ちは、残念ながらわからないし、わかりたいとも実は思わない。
百歩譲って、「社会の通念」とか「秩序」のために、同性婚カップルを認めるわけには行かない! と思っていらっしゃるとしよう。そのような意見を持つこと自体は仕方がないかもしれないが、そう考える自分が、社会の「良識」だと考える、その思い込みこそが偏見なのだと気づいていただきたい。
偏見はどの社会にも存在する。かつて、天才数学者アラン・チューリングも、同性愛を「病気」とみなす当時の社会の「偏見」によって、ホルモン注射による治療を受けさせられ(そう、英国もかつては野蛮だったのだ!)、最後は自ら死を選んだ。賢く、心優しい人が、社会の愚かな偏見の犠牲になったのだ。
そもそも、デモって、先日、オバマ大統領がかつて公民権を訴えてデモがあったアメリカの橋をいっしょにわたったように、個人の権利や、自由を拡大する、という方向で行われるのが本来であって、それを抑圧しようという側がデモをするというのは、なんだか、恥ずかしい。もちろんそれも自由だけど。
さまざまな研究によって、同性愛か、異性愛か、という嗜好性はその人の生まれつきの個性とかかわることが明らかになっている。社会に異性愛の人が多いからと言って、同性愛傾向の人を排除しようとするのは、つまりは個性の否定であって、そういうことしていると、必ず自分にかえってくると、私は思う。
https://www.facebook.com/kenichiromogiqualia/posts/678476215612372

 

茂木健一郎さんの引用を読んで最後に・・・

 

これを読んで「なんだこいつ」と思う人もいれば、「ありがとう」と思う人もいるんでしょうね。
茂木健一郎さんは「ありがとう」と言われるために書いたのではないでしょうが。

 

「同性同士の恋愛に違和感・嫌悪感」を持つこと自体、私は仕方ないというか、ふっと湧き上がる感情は否定しようがないものなので、そこに対してどうこう思いません。その相手の感情を否定して覆したいとは思いません。

ただ、誕生日当日のように、年齢が1つ増えたからといってその前後に特別な変化などない連続性同様、同性婚ができるようになる日が来ても、異性が好きな人の人生、異性と結婚したい人の人生、異性とすでに結婚してる人の人生は、なに1つ変わりません。そのままです。もちろん異性間の婚姻制度はそのままで、奪われたりはしません。

 

同性婚ができるようになる日、それを願ってきた人たちが嬉し泣きをするだけなんです。

 

ちなみに、反対デモ等ありましたが・・・渋谷区の同性パートナーシップ条例(渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例)は2015年3月31日に区議会で成立、4月1日に施行されました。

 

いつかこの茂木健一郎さんの記事は載せたいと思っていました。
最後までお読み下さりありがとうございました




 

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